「月刊軟骨新聞」(2008年1月 4号)所収
オシムを惜しむ
昨年秋、イビチャ・オシムが脳卒中で倒れてからのマスコミのフィーバーぶりは、さながら田中角栄や長嶋茂雄が同じ病気で倒れたときのバカ騒ぎを彷彿させるものがあった。角栄のときはロッキード裁判のストレスが昂じて、まあバチが当たったんだと誰もが納得できたが、アテネ五輪直前での長嶋のときは、われわれ国民大衆は、五輪監督って想像以上に激務なんだと、驚きと同情を禁じえなかった。「ミスター」などとちやほやされても、いつのまにか単なるジジィになり果てていたのだと、冷徹な現実に誰もがうなだれるしかなかったのだ。オシムの最近だって、相当にきつい毎日ではあっただろう。
それにしても、サッカーの日本代表監督、それも一介の外国人監督の病状ごときが、角栄や長嶋のときと同様かそれ以上に国民的一大事として連日マスコミを賑わわせたことに、四十余年来のサッカーファンとしての私は、やはり隔世の感を禁じえない。「月刊サッカーマガジン」創刊が昭和41年、その年の同誌9月号の表紙は、全日本対スターリング・アルビオン(英4部所属)戦のスナップ写真で飾られた。国立競技場バックスタンド前で小城選手とジョン・ホール選手とがボールの奪い合いにしのぎを削るド・アップ写真である。そしてその2選手の頭上、観客席の中央にひとり爽やかに微笑む高校生の姿があるのだが、それが誰あろう、サッカー少年だったありし日の私である。<そうとも、それが青春だ~♪>
話を戻そう。ジーコがドイツワールドカップの日本代表監督に決まったとき、「ジーコじゃダメだ。やっぱオシムでしょ」みたいな街の声はかまびすしかった。しかし、「オシムは心臓にバクダンを抱えて、4年間の激務はムリだよ」という醒めた声も少なくなかったのだった。それなのに、ドイツで惨敗したジーコの後釜にそんなオシムを抜擢してしまうのだから、あの時、協会の見識に首を傾げたのは私だけではあるまい。4年前ダメだった者が、4年後になんでオッケーになるのよ、川淵さん。どう考えても川淵の頭には「あの呑んべジジィ、この先4年間無事に務まるとはとても思えないな」ふうの先読みぐらいはあったはずなのだ。昨年暮れの岡田武史監督就任要請の手際の良さと、その就任会見での川淵の発言とに鑑みると、それがよくわかる。「協会としては、次のワールドカップは日本人監督でと考えていた」――そうなのか、じゃ最初から「ジーコの次は岡田です」と声高らかに宣言すべきじゃなかったかね、川淵さん。
浦安在住の人々は、しばしばイトーヨーカ堂浦安店で夕飯の仕込みをするオシムのあのジャージ姿を目撃した。もちろん品揃えの貧弱なあの店の日本酒コーナーで「今日は菊正か白鶴か」と考え込むあのしょぼい横顔と猫背の背中をも――。
ところで、身体に悪いと知りつつどうしても大好きな日本酒が手放せない、そんなオシムの姿を、私たち日本人は講談で馴染み深い昔のヒーロー像に重ねずにいられるだろうか? そう、あの懐かしの剣豪、<大利根無情>の平手造酒その人だ。「止めてくださるな、妙心殿! 落ちぶれ果てても平手は武士じゃ。笹川一家には一宿一飯の義理がござる。行かねばならぬ、行かねばならぬのだ~」。
そして平手造酒といえば、映画「座頭市」でのあの天知茂。実を言うと、スクリーン上での独特な上眼遣いのあの眼光、眉間に寄せたあのシワを思い出すたびに、「オシムって、あの天知茂にそっくりだな」と心底感心したものである。オシムに限って「止めてくださるな、川淵殿! 落ちぶれ果ててもオシムはサッカー人じゃ。日本サッカーには一宿一飯の義理がござる。立たねばならぬ、代表監督のピッチに立たねばならぬのだ~」みたいなぶざまなミエを切ることはないだろうが、気になるのは昨12月27日の川淵の記者会見だ。川淵はリハビリを開始したオシムを入院後初めて見舞い、「『カムバックを待っている』と日本サッカーに再び貢献してほしい意向を伝えた」(翌日の東京新聞)のである。
この新聞記事を読んで、私は索漠たる思いにとらわれざるを得なかった。おいおい、川淵さんよ、そのセリフ、まるであんたの天敵、ナベツネが、ちょうどリハビリを開始したばかりの長嶋に対して「長嶋クンには早く回復して、また代表監督をやってもらう」と発言したのとそっくりじゃないの。日本サッカーを強くするのに今一番必要なのは、再度オシムを代表に復帰させることなどではなく、いつのまにかナベツネ化してしまって代表監督の適材一人発掘できなくなった、そんな協会の脳卒中体質を一刻も早く血液サラサラにすることではないのかね? ――そんな思いにとらわれたのだ。星野が北京五輪の監督に決まったとき、長嶋は「どうしてオレじゃないんだ」と怒ったらしいが、オシムのほうは「カムバックを待っている」とささやく川淵に、「これからは子供たちにサッカーを教えたい」と即答したらしいのが救いである。
それにしても私がいま最も不可解なのは、川淵が岡田新監督就任会見の席上、「オシムのあとは岡田しかいないと思った」と吐露していることである。――そうなの? じゃ、万が一、岡田ジャパンの成績が悪くて岡田が監督交代の瀬戸際に立たされたとき、あんた次に誰を択ぶのよ。あとはそれこそその前の日本人監督・加茂周ぐらいしかいないだろ、でもそれこそ笑えない笑い話だぜ。