――つれづれなるままに、心にうつりゆく由なしごとは絶えずして、かつ消え、かつ結びて久しくとどまりたるためしなし。されば男もすなる日記といふものをわれ鳴人もしてみむとてすなり
◆先日の土曜日、「マティス展」を観に上野の美術館に出掛けた。展示室はどこも混んでいたので、前方で展示作品を台無しにするアタマの山にイライラしながら、そそくさと移動していると、いつしか私の背後にひとりの若い母親とその息子さんらしい小学生とがふたりして、私の移動に同軌するするようにぴったりとついてくる。母親が絶えず小声で子どもに語りかけ、ときおり子どもの方も母親に話しかけては私の背後へ、また背後へ……。
思い余って「少し静かにしてください」とたしなめてみた。すると母親は何を無礼な言いがかりとばかりに、「子どもに情操教育をしているんですよ」だと。人一倍情操の欠如した母親が、情操欠如予備軍のわが子に情操教育をねえ。
◆<バケツをひっくり返す>という形容がナマッちょろいと感じるような比較最上級の豪雨に、わが半生で3度ほど出くわしたことがある。いずれも夏の終わり、そして山岳地での出来事だった。1回目は南仏ニースからエズの山頂までレンタカーで登りつめたあたりで。そこがたぶん山頂だろうと思えたのは、勾配が無くなって、雷鳴がはるか下方から聞こえたからだった。2回目はマイカーで上高地から奥飛騨の峠道に差しかかったとき。そして3回目は同じくクルマで紀州・竜神街道の急峻な山道をうねうねと走っているときだった。3回ともフロント、両サイド、リアの窓の外が白いカーテンで覆われたように、まったくの視界ゼロ。路肩がどのへんか見当がつけられないので、道路中央にそのまま停車してしばし恐怖の時をやり過ごすしかなかった。いま思い出してもぞっとする。南仏と奥飛騨と南紀は今でもご免こうむりたい3大観光地だ。
◆宮城県石巻市にある「石ノ森萬画館」(石ノ森章太郎ミュージアム)の建物は、宇宙船をイメージしてデザインされているのだとか。でも私には、どこかの石油コンビナートにでもあるガスタンクぐらいにしか見えない。津波にもびくともせず立ち踏ん張って残り、多くの子供たちを相手に今も運営を続けている。先だって復旧支援と称して三陸の方へ呑みに行った道すがら、立ち寄ってみたことがある。展示室は上下2フロアで構成され、どちらでも子供たちが思い思いの格好でマンガ本を読んでいた。「サイボーグ009」や「仮面ライダー」の関係資料やマンガ本が所狭しとならんでいるが、しかしながら、私が最も覗いてみたかった「快傑ハリマオ」関係の資料はどこにも見当たらなかった。受付の若い女性に聞いてみると、本棚の片隅から別編集の単行本2冊を取り出して見せてくれた。それ以外、「快傑ハリマオ」関係の資料はなにもない、と……。「少年マガジン」に連載されていた「快傑ハリマオ」は連続テレビドラマ「快傑ハリマオ」の漫画化版であって、べつに石ノ森章太郎のオリジナル作品ではなかったのだが、私たちが石ノ森章太郎の名を初めて知ったのは他ならぬその漫画「快傑ハリマオ」でだったのだ。石ノ森にとっては、手塚治虫から回ってきた、当座の糊口をしのぐだけの仕事であって、あらたまってご自分の履歴に繰り込む気にもならなかった作品なのかもしれないが、当時それで血沸き肉踊らせたこちらにとっては、それじゃまるで、ちょっとだけ隣に座って愛想を振りまき、すぐ他の客のテーブルに移動する場末のボッタクラブのホステスと異なるところがない。割り切れない思いで石巻をあとにした。