詩誌「なだぐれあ」第7号(1990年4月発行)所収
安藤鳴人相談室⑦
ブランド錯覚症候群に罹っちゃって……
【質問】あたし、フレーバーはココ・シャネルだけ、化粧品ならニナリッチとかディオール。モラビトのスカートとか、モスキーノとかにも目がないし、ソニアとかゴルチエも大好きなんです。クレージュもクラインもいいなと思うけど、もちろんグッチとかセリーヌ、ルイヴィ、エルメスみたいな悪趣味は大キライ。どお、しっかりしてるでしょ。あら、カタカナばっかし並べてごめんなさい。安藤先生、「なんだこいつ、単なるブランド・ミーハーじゃねえか」なんて言わないで。ハイセンスなおしゃれを決めようとすると、どうしてもそうなっちゃうのよね。でも困ったことがひとつ……。最近流行の<ブランド錯覚症候群>に罹ってしまったらしいんですよう。商品のラベルやタグの文字を見ただけで、何でも有名ブランドだと錯覚してしまって、ふつうのお買い物ができなくなっちゃうの。どうしたらなおせるでしょうか。(この頃の典型的ブランド・ミーハー)
【答え】ちょっと簡単なテストをしてみましょう。これから挙げるブランド名のうち、知っている有名なものを選んでみてください。ヘンリー・クラーク、マディソン、マルテ、ネヴィル、カテリーナ、マティス、クーパー、エミリオ、レマン、アンソニー・メゴ、ランバート、ラベック……
いかがでした? 右の12個のうち、いくつご存じでした? もし、ひとつでも聞いたことのある名前だなと思ったりしたら、残念ですがあなたの<ブランド錯覚症>はかなり重症だといわざるをえません。実はいま並べたブランド名は全部、私が即興でデタラメに並べたものばかりなのです。どうです? ことほどさように、ブランドの表示するものなんて差異的価値でも希少価値でもないことがよくおわかりでしょう。
確かに日本人のブランド信仰は異常です。むかし土方巽という舞踏家は「モダンバレエは欧米人の肉体のための踊りだ」と悟ってモダンバレエを諦めたそうですが、今の日本人にこそそういう潔さが求められているのではないでしょうか。モンブランのペン先は横書き用にしかできていない、日本語を書くのならパイロットのほうが遥かに書きやすい。これなど、ことがブランド信仰という風俗面での問題だけにとどまらず、その奥底に日本対西洋という永遠のテーマを宿しているという証にさえなっているのです。
しかし私がいつも残念に思うのはそのことよりも何よりも、ブランド信仰を間違ったことだと頭からきめてかかる賢しら顔の人たちが絶えないことです。
先日、韓国では輸入ブランド商品に卸値の表示を義務づけたそうです。日本の消費者団体もこれに右ならえした運動を展開したがっているようですが、卸値表示によって中間流通業者の暴利を暴露するなどというセンチメンタリズムには、どうも偏向思想の不健康な匂いしか感じることができません。だいいち日本では、皮革製品に関する限り、同和団体の圧力によって、内外の皮革製品は高く価格設定せざるをえないのだと、友人の経済記者が教えてくれました。
内外価格差の解消のためには税体系の見直し、流通経路の整理という経済改革はもちろんですが、まず第一にブランド信仰は鼻持ちならないと感じる人たちの意識改革から始めなければならない。つまり排外主義の一掃です。
私はついこのあいだ、銀座の街角で天津甘栗の屋台を冷やかす外人を見かけました。
「コレ、オイシイ、マロン、デスカ?」
そうしたら、屋台のオッサン、
「イ、イエス! マーロン、ブランド」
まったく、もう地獄の黙示録ですよ。
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生の達人であられる安藤先生が、あらゆるご質問にお答えします。あなたとともに悩み、ともに考え抜く謙虚な姿勢から発せられる珠玉のお言葉は、必ずやよるべない心に希望の灯をともし、明日への力を与えてくださることでしょう。
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