安藤鳴人相談室⑥ セクハラいたいメにあっちゃって

詩誌「なだぐれあ」第6号(1989年11月発行)所収

安藤鳴人相談⑥

セクハラいたいメにあっちゃって……

【質問】最近セクシュアル・ハラスメントっていうのがはやっているらしいので、ぼくも加害者してみようと、職場の女の子をやたらからかったり、卑語を言ってみたり、いわゆるタッチをしてみたりしたところ、女の子たちはすっかりその気になってしまい、ぼくもカルいもんだから、乗せられてしまって、順ぐりにヤリまくるはめに陥ってシブいぜ、ベイビーと思ったのは最初だけ。なんだか姦されているみたいで、こんなのちっとも楽しくありません。セクシュアル・ハラスメントなんて、もうこりごり。いったいだれがあんなもの、はやらせたんでしょう? 安藤先生、うらやましがってないで、どうぞぼくの悩みをはらすめんと。(左巻きのダンディー)

【答え】最近わが相談室にも、女性の職場進出に伴って<男支配の社会>に対する諸問題がさまざまなケースとなって寄せられております。そろそろ世上を賑わすセクシュアル・ハラスメント関係の相談もやってくる頃だろうと、手ぐすね引いて待っておったわけです。
 しかし、このお手紙のように、セクシュアル・ハラスメントの悩みが加害者であるべき男性の側からも提出されているという現実に、この問題の、いやひいては現在の女性問題全般の複雑さが顔を覗かせているといえるのではないでしょうか。
 ありていに言えば、男の上司がその職権乱用によって女性社員と性的関係を持つことができるなんて、そんな夢みたいな話は、俄かには信じられないメロドラマ的発想なのであります。セクハラ失脚の元総理大臣でさえ果たせなかった夢の実現が、一企業の管理職風情にどうして容易なのでありましょうか。おそらく東京第二弁護士会の「両性の平等に関する委員会」が始めたセクシュアル・ハラスメント電話相談なんていうものも、女性は職場で性関係を強要されているに違いないというメロドラマを追い求めているにすぎないのです。
 いつのまにか、<女性>という言葉はひとつの聖域になってしまいました。「男女雇用機会均等法」が成立したとき、私は一部女性問題イデオローグたちが、将来きっとこういう形の理念的展開を始めるだろうと予見して心を痛めておったのであります。こうして今、セクシュアル・ハラスメント騒動を実際眼のあたりにしている私には、彼らが次に打ってくる手もさらにまざまざと見えてしまいます。それは何かって? もう彼らの<女性→被害者>の論理を、すべての職場内恋愛(職場結婚)という私生活一般にまで敷衍してしまおうというローラー作戦に決まっているじゃありませんか。職場で噂の(あるいはめでたくゴールインした)A君とB子さんの仲には、男の側からの<強制>がなかったかどうか、それこそ官憲のような執拗さで嗅ぎ回る姿が眼に見えるようです。
 だいたい職場で男女が異性を素敵と思うか不愉快と感じるかなどというのは純粋にエロス的な問題、いやもっと素朴な人間性の問題であって、差別や平等と別次元の問題であることぐらい誰でも解かる話でしょう。確かミシェル・フーコーが「人間が二人いると、そこには支配被支配の関係が生じる」と言っていたと思いますが、もし職場で男性管理職による女性社員の迫害があるとしたら、それは男の権力などという死者の幽霊を信じる男女のアナクロドタバタ劇であって、職場問題的な枠でとらえては間違いです。迫害に遭っている女性に対して「そういう上司と一緒なのは災難だと諦めろ」と言うつもりもありませんが、少なくとも政治的な組織の救済に待つだけでは<あなたの>問題としては何も解決しないだろうと思います。
<差別のない平等な社会>というイメージが可能だとしたら、それはむしろ、「両性の平等に関する委員会」のようなグロテスクな怪物がしゃしゃり出る幕の無くなった社会であるのは自明のことです。
 それにしても、性関係を強要する手段としての<職権>が単なるハリコの虎だと気がついた一部管理職男性が、<職権>の代用品に刃物やピストルを使ってみようなどと、宮崎勤クン的発想をとらなければいいのですが……。
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