「月刊軟骨新聞」(2007年11月 2号)所収
衣食足らざれば…
このところ永井荷風の「断腸亭日乗」を読んでいる。大正15年1月の記述の末尾に、<予常に衣食足らざれば礼節を知ること能わず、礼節を知らざれば学問芸術も大成の期なしとす>という件りが見える。ここを読んだとき、思わずその件りを引き取って<ゆえに我もまたその昔『点燈舎』に寄稿して以来かくも久しく筆を折り、日々盃をあおるばかりなり>と、そんな自分の言葉を繋げてしまいたくなった。――そうなのだ。すべては衣食を足らせることから始めるべきだったのだ。若いころ、人生の門出にあたって<衣食など二の次だ。やりたいことを最優先にしよう>と考え世間をナメたところから、世間の荒波にもまれ続け、その結果目論見と逆にいつしか何も書けない(ことを身に染みて自覚する)人間になってしまったと言わざるをえない。いまやカク自信のあるのは恥と汗くらい。文化的なものは文字でも○○でもとんとカケないことを痛覚してしまうばかり――。
先日、そんな私に深沢氏が「『軟骨』再開するから何か書け」とお声を掛けてくれて、人の情けがひときわ心に沁みる秋になったのだが、とにかくここまで何も書けないままやってきた自分の半生を振り返ってみると……。
まず、四十を過ぎた頃から世はバブルの頂点に向かいつつあり、私も暮らしのベースを急激に乱し始めた。その頃、勤め先の会社ではこちらが頼みもしない臨時ボーナスなるものが二、三度出たし、おかげで毎年のように海外旅行に出かけてはブランド品の土産などを持ち帰ったりした。見渡せば欲望は山をなし、それを片端から取り崩すのが人生の醍醐味だとばかりに日本中が狂乱していた奇妙なオルギアの一時期だった――。
それが五十の坂を越えると、今度は一転バブル崩壊の余波を頭からかぶり、リストラの嵐に巻き込まれてしまったのだった。折しも小泉新首相が<改革のために国民の皆さんにもイタミを引き受けてもらわなければならない>と唱えていたが、その言葉がまさか他でもないこの自分に向けてのものだとは、思ってもいなかった。突然、30年ほど勤めた会社が倒産し、はたまたその頃、寝食をともにしていた彼女が末期の難病に罹患していることが判明すると、ある日突然「実家に帰るわ」と言ってわが家を去り、しばらく音沙汰がないなと思っていたら、今度は不意にメールが来て「このたびある人と結婚しました」だと……。
勤めと彼女へのサービスを中心にする私生活の根本からリセットを余儀なくされ、わが人生のペラペラさ加減をいやというほど実感させられながらも、そこに妙なすがすがしさも味わうという稀有な体験の日々が始まった。失業して数か月は雇用保険で毎日ブラブラしていたが、そのあと日本最大の某スーパーマーケットチェーン店の折込チラシを作る広告プロダクションに再就職した。仕事は印刷会社の輪転機の台割進行と密接な連絡をとりながら進める下版進行管理。平たく言うと、全国に200店舗も存在する全支店のそれぞれのセール内容に応じたチラシを200店舗分作成し、それを出来上がった分からひとつずつ印刷屋に送る仕事である。クライアントであるスーパー本社の販促課や広告代理店の営業と常時連絡を取りながら、200本の版下を製作する大勢のデザイナー、校正スタッフたちとの連絡も少しも揺るがせにできない。徹頭徹尾時間との戦いで神経の摩耗がひどく、五十代の身にはきつかった。5年ほど勤めたが、昨年辞める直前のひと月の残業時間はなんと350時間に達していた。人間ひと月の全生活時間は700時間である。その半分を仕事に費やしていたのだ。
その会社を辞めようと思った契機は、去年の正月明け、久しぶりに人間ドックに行ったら、不整脈と胃潰瘍と大腸ポリープが三点セットで見つかってショックを受けたことだが、その前のある日、NHKの「今日の健康」でどこかの医師が「まあ、五十代の男性が1カ月300時間労働を3カ月間も続けたら間違いなくクモ膜下出血になります」と断じていたことにゾッとしたのも大きかった。また、難病の彼女が他の男と新たな人生を歩んでくれたことも好都合だった。彼女の治療費を稼ごうと死に物狂いで働く必要がもうなくなったので……。
それからちょうど1年になる。この間、料理と庭仕事中心のクリエイティブな(?)生活に切り替えると、ガタガタだった体調は徐々に回復し、去る5月の「鹿沼さつきマラソン」ではハーフの距離を完走できたし、今現在は来る11月の「上尾シティマラソン」出場に向けて準備を始めたところだ。北は恐山から西は城崎温泉までの気ままな2週間ロングドライブも満喫できたし、長く夢見ていた「ラジオフランス語講座」も半年間1回もサボらずに聴講できた。少しずつだが自分だけの時間を持てる自分を取り戻しつつあるように思う。冒頭の荷風の言葉に次の一言を繋げてもいいかもしれない。<ただし、リストラ後の衣食足らざる極みにもまた、礼節を知る期はあるものならんか>と――。