フランスの画家ジャン・デビュッフェが、戦後すぐ自ら主唱した芸術思潮「アール・ブリュット」についてこう定義している、「衝動的なやり方と、発明的かつ隠れたやり方で、マージナルな場所にいる人によって作られた制作物」だと。これを私流に解釈すれば、表現意識の根底に降りていって、技巧、知的蓄積、経験などの余剰をすべてこそぎ落としたところから始めようという衝動、プリミティブな表現意欲を何よりも大切にする芸術だということ。そしてこのアール・ブリュットの基本姿勢は、単に絵画の世界だけでなく、言語表現の世界にも通底していて、作家・日下部正哉の言語作品「試みの家族誌」なども、一種のアール・ブリュットの世界を志向しているのではないかと思う。
彼の筆先は外濠の水面に漕ぎ出すボートのように自然に滑らかに進む。次の引用は、ゴーストライターである主人公とその仕事相手とのやりとりの一場面だ。場所はまさにこのカナルカフェ飯田橋。中上健次を彷彿させるような日下部の、ここで繰り出される言語のプリミティブな膂力を感じてほしい。
「――おれはさ、態度だけじゃなくて図体もでかいじゃない。会社の狭い会議室だとどうしても窮屈なんだよね。おれ自身がというよりも、顔突き合わせている部下やライターさんがみるみる窮屈そうな面付きになるんだよ。おれに圧迫されてるって顔に書いてあるんだ。そうなったら、いくら打ち合わせしてもアイデアなんか出て来っこないわけよ。
その話を持ちかけて来た頃、Sさんはそう言ってわたしを外へ連れ出すようになった。オフィスの前の道を飯田橋駅のほうへ行くと、その道がはすかいに交差する早稲田通りに出る。彼は駅の西口を素通りして牛込橋を渡り、左に曲がって外堀通りの歩道に出ると、少し歩いて左の階段を下りていった。ただあとをついていったわたしは、外濠に面したオープンカフェの板張りのフロアに立っていた。橋沿いのウッドデッキと外濠沿いのウッドデッキとが直角に形作るそのフロアには、真っ白な丸テーブルと数脚の椅子が何組もところせましと配されていた。縁には桟橋然と手漕ぎボートも繋がれている。Sさんは、対岸の見附の緑が正面に眺められる、長いカウンターに沿った横並びの椅子のひとつにどすんと巨体を落ち着けると、一息ついて言った。
――本の企画を一から立ち上げるようなときは、こういう場所のほうが絶対いいアイデアが出るね。原稿書いたり、ゲラを校正したりするには、気が散ってダメだけど。」(詩誌「雷電」12号所収)
私のこの絵のなかでは、奥のテーブル席で大勢の客が談笑しているが、ひょっとすると上に引用した主人公とSさんのこの会話風景が繰り広げられていたのも、まさに私が描いていたこのときで、あの席のどれかひとつでだったのかもしれない。
