JR四ツ谷駅にほど近い麹町は俗にイトーヨーカ堂城下町とも呼ばれる。ヨーカ堂の本社があり、その付近に林立する雑居ビルにはヨーカ堂のチラシを製作する広告代理店の出先やデザイン会社などが軒を並べているからだ。私もそのうちのひとつで働いていたので四ツ谷駅は毎日利用していた。フランスの文学者ロラン・バルトは日本に来たとき、東京の駅の機能に驚いている。曰く「駅。遠距離列車、近郊電車、地下鉄、デパート、地下商店街、これらが結集している広大な有機体である駅、これが地区の符牒のようなものとなる。(略)通常わたしたちの都市の偉大な符牒、たとえば大伽藍、教会、市役所、歴史的記念碑などを特徴づけているあの神聖な性格を少しももちあわせてはいない。ここでは符牒は完全に世俗的なものである。」――まさにそのとおり。つまり四ツ谷駅という存在は、それだけ私の世俗生活をアリ地獄のように絡めとっていたのだった。
麹町はまた都内有数の高級住宅街として知られる。ある日、むかしの日テレビルの近くで風体怪しいホームレス風の初老を見かけたことがある。髪はボサボサ、ヨレヨレのTシャツ、ジーパンは穴だらけ。両手にスーパーのレジ袋を提げ、それを重そうにしてやって来る。へえ、こんな所にホームレス?と怪訝に思ってよく見ると、誰あろうムッシュかまやつだった。なるほどこれが麹町か、と妙に納得したものだった。
それにしてもイトーヨーカ堂といえば、今ではイオングループと覇を競う流通最大手企業なのだが、子供のころに一度だけ母親に手を引かれて北千住のみすぼらしいその本店(第1号店)に行ったことがある。その頃はヨーカ堂に支店などというものはまだ存在せず、北千住だけの単独店だった。その店というのも、露店に屋根が付いただけのシンプルな佇まいで、あたかもここに一店だけ引っ越してきたアメ横の雑貨屋、みたいな雰囲気だった。ひしめき合うワゴンには日用品や衣料品がうず高く積まれ、天井から商品の値札短冊が簾のように垂れ下がって、その下を目を血走らせたオバサンたちが押し合いへし合いしながら品定めしている殺伐とした場所でしかなかった。隔世の感があるのだ。
それから50年、そんなヨーカ堂に頭を下げて頂戴していた私の仕事はといえば、チラシの下版進行の担当で終始職場から離れることができず、帰宅さえ思うままにならなかったのだが、その代わりスタンバイのための自由時間だけは豊富にあった。よく荒木町や赤坂まで足を延ばしてはダラダラと呑みながら時間を潰した。この絵もそんな下世話な日々の重なりの中から切り出してきた1枚である。
