ホテル・ニューグランド

2007年2月26日、横浜、ホテル・ニューグランド、水彩

 山下公園中央口の横断歩道近くでこれを描いていると、いつしか初老のご夫婦が背後に立ち止まって私の作業を見下ろしているのに気付いた。そして見るからに実直そうなそのご主人がぽつぽつと話しかけてきた。「スケッチとはまた、良いご趣味ですね。芸のある人は羨ましい。僕もそろそろ停年なんで、ひとつぐらい趣味を持たなきゃいけないんだけど、何を始めればいいかわからなくてねえ…」奥様のほうもうんうん頷きながら、一緒に途方に暮れたような顔をしている。
 何よりも<上から目線>を毛嫌いしている私も、このときばかりは珍しく説教を垂れないわけにはいかなかった。その内容はおおかたご想像に難くないと思うので、ここは割愛。それにしてもこういう人たちは、例えば私たちの居た山下公園そばの信号が赤だったら、たとえ目の前の海岸通りの左右ががらんとしてクルマ1台見えなくても、絶対に青になるまで渡らないタイプなのだろうと思う。フランスの作家、モーリス・ブランショはこう云っている。「孤独であるという事実は、私が、私の時間でも、汝の時間でも、共通の時間でもなく、誰かの時間である死んだ時間に属しているということだ」――そう、意味の無い信号待ちの時間とは、その<死んだ時間>に他ならない。逆に言えば、描きたいものを見つけてそれを描くことに夢中になっている最中こそは、孤独とはいっさい無縁であるということ、至福の時間だということだ。