詩誌「なだぐれあ」2号(1988年2月発行)所収(連載「アベノーマル日録」より)
センチュリアン
深夜の現場検証を終えたパトカーはやっと春日部警察署に着いた。
「さあ阿部さん、降りて」
佐々木という巡査が言った。降りて見上げると、建物はどこかのセブンイレブンによく似ていた。深夜にこうこうと明るい建物はセブンイレブンに見えてもしょうがない。署内のフロアには夜勤の警官たちが忙しそうに立ち歩いていた。なかに入ると、がらんとした免許課のデスクに坐らされた。
「こういうとき<パトカー・アダム30>だと、美人の婦警がコーヒーでも淹れてくれるんですけどねえ」
巨人の吉村に似た若い巡査が茶を出しながら言った。佐々木巡査の相棒である。私はお礼を言って一口飲んだ。佐々木が隣の椅子に掛けた。
「阿部さん。ヨメ貰いなよ。家庭があったら呑んで電車乗り過ごしたりしてねえぜ」
「友達で早婚のヤツがいるけど、結構乗り過ごしてるみたいよ」
「阿部さん、給料どれぐらい?」
「安いよ。25、6万」
「いいじゃない。俺なんて19万よ、19万。36でよ。ガキが2人いてよ」
佐々木の向こうのデスクに坐った吉村の顔が一瞬曇ったのを、私は見逃さなかった。
「でも手当がいろいろあるんでしょ。それになんたって退職金とか年金とか、我々民間とはダンチだもの」
そう言うと、吉村の顔がさっと晴れた。
「でもねえ。まあ始めようか」
佐々木はまだ何か言いたそうだったが、おもむろにカバンから用紙を一枚だけ取り出した。
「あれ? 調書は2枚書くんじゃないの?」
私がそう言ってやると、佐々木は慌ててもう1枚出し、訝しげに私の眼を覗き込んだ。
「阿部さん。やっぱ、マエがあるんじゃないの?」
「いえいえ、初犯だって言ったでしょ」
「じゃ何でそんなこと知ってんのさ」
「小説で読んだんですよ、松本清張の。送検分と保存分の記述が食い違っていて、後でフレームアップが発覚するってヤツ」
「そんなの、ありましたっけ?」
首を傾げたのは吉村だった。私は彼に言った。
「ありますよ」
あるわけないでしょ。
この前捕まったのは7年前の春、大きな交通ストがあったときだった。東京中がマヒした。毎晩会社に泊まり込むはめになったが、5泊目になる真夜中、銀座の寿司屋を出たあと、つい、店の前に置いてあったその店の自転車を拝借し、それに乗って東武線竹の塚の自宅まで帰ろうと思いついたのである。昭和通りをふらふら走っている途中、パトカーに止められ、日本橋の中央警察署に連行された。中央署の玄関横には特大の看板がかけてあり、<極左暴力対策本部>という筆字が書いてあった。私は胸騒ぎを覚えた。
やがて、玄関をくぐるときの懸念が現実のものになってしまう。自転車窃盗の取り調べもそこそこに、糸山英太郎そっくりのヘビメタ公安担当が顔を出してきて左翼活動家にするような尋問を矢継ぎ早に繰り出してきたのだ。なぜか? あいにくとその日、私がショルダーのなかに雑誌『流動』1981年9月号<特集「20党派へのアンケート/転換期・新左翼各派はかく闘う」>を所持していたせいである。これでは公安が顔を出さないわけがない。
私は過去も現在も、一切左翼とは係わりがない。それなのにその後、一度だけその糸山栄太郎が夢に出てきたことがある。彼が島原の役人で私がキリシタン農民、十字架に縛られた男の絵を踏めと命じられたのである。十字架のヒゲヅラはイエスでなくてマルクスだった。私がちゅうちょなく踏んづけると、栄太郎が逆上して「なぜ踏んづけた!」。私は静かに微笑み「お役人様。人間は考える足でごぜえます」……。
さて春日部署では、やがて2人のお役人、いや警官に両脇を支えられて中年の華奢な女が玄関を入ってきた。しきりに泣きじゃくっている。佐々木と私は作成中の調書から眼を転じてそちらを見た。東南アジア系の顔をしていた。足取りが覚束ない。警官が入口のソファに坐らせると、独演会のように英語交じりでわめきはじめた。
「夫に殴られた。酒に酔うといつも暴れる。夫を逮捕してくれ。日本の男は野蛮だ。あたしの国じゃ妻を殴れば離婚よ。夫がここにやってくると殺される。あの男のすることは、すっかり動物のやり方だわ。動物の習性をそっくりそのまま持ってるのよ! きっと出て行くわ。いつまでもぐずぐずしていて、あの男に――放り出されるようなことは絶対しないから!」
女はごく一般的な日本男性論と『欲望という名の電車』のブランチのセリフとを巧みに織りまぜながら、脈絡のない内輪話を永遠の時空に向って続ける意志を示した。連れてきた警官たちがなだめるが、手の施しようがなさそうだった。署内にいた他の警官たちも寄っていき、てんでに声をかけるがどうしても黙らせることはできい。
しかしそのとき、私の隣にいた佐々木巡査が突如叫んだ。
「Show me your visa !」
女はピタリと泣きやみ、やがて席を変えて事情聴取が開始されたようだった。私たちも心静かに調書の続きに取りかかった。
暫くすると今度は、2組の夫婦らしい中年の男女たちが深刻な表情で駆けこんできた。どちらも亭主のほうは滑稽なほど神妙、妻たちのほうは憔悴しきった様子がありありだった。4人はさっきまで泣き叫ぶ女が坐っていたソファに並んで腰を下ろした。するとまもなく一人の警官が奥の廊下をやってきてソファに近寄っていった。「お待たせしました。こちらがA君のご両親、こちらがB君のご両親ですな。実は取り調べの結果、どうやらA君がB君から2万円ほど脅し取ったらしいことが判りました。それでB君がA君を待ち伏せしてナイフで刺した、そういうことのようです。なに、A君の怪我はたいしたことありません。いま岩崎病院で……」
4人の表情といかにも不釣合いな調子の警官の説明を立ったまま聞き終えると、彼らは無言で玄関から出ていった。まるで見ず知らずの4人がたまたま玄関で一緒になったかのような後ろ姿だった。
そうこうするうち、やっと私の供述調書が出来上がった。
≪わたくしこと阿部哲王は昨夜8時頃から会社の同僚と新橋・お多幸にてビール2本と日本酒4合ほどを飲み、地下鉄日比谷駅から電車に乗りましたところ、ついウトウトと眠ってしまい、駅員に起こされて目が醒めたら、姫宮駅まで乗り過ごしておりました。上りはもう無いと言われ、慌てて姫宮駅の改札を出、駅前でタクシーを捜しましたが見あたりません。駅前商店街もすっかり寝静まり、人通りもないのでどうしたものかと思案に暮れておりましたところ、駅の階段下に自転車が1台放置してありました。幸いなことにカギが壊れていましたので、この自転車に乗って帰宅することにしました。
国道4号上り車線を走り、春日部市中心街まで来たときに後ろから来たパトカーに無灯火・無施錠を尋問され、供述により逮捕されるに至りました。事情が事情とはいえ、大変申し訳ないことを致しました。なお警察のほうから持ち主に自転車をお返し頂き、お詫びの言葉を伝えて頂きたいとぞんじます。
春日部警察署長殿
昭和62年7月10日
供述人 東京都足立区竹ノ塚 阿部哲王≫
清書し終わると、佐々木巡査は深呼吸をしてタバコに火をつけた。それから調書に拇印を捺すように私に言った。
「まあ、あれも盗難自転車だろうけどな」
「そうだろうと思った」
「運が悪かったんだ」
点数稼がせてやっただけか、そう言おうとしてやめた。私はいつも口数が多すぎて失敗する。
調書が完成すると2階の鑑識課に回された。私を連行してきたセンチュリアンたちはまたパトカーを運転してどこかに出かけて行った。鑑識のドアを開けると、夜勤の課員が眠そうな声で言った。凄い埼玉なまりだった。
「阿部さんけ。まず写真撮ってそれから指紋だかんね」
そして椅子に坐らされた私の顔の上下左右に4本のライトをセットし、一斉にスイッチを入れた。反射的に顔をしかめた。その瞬間シャッター音がし、たぶん凶悪犯人のような顔写真が撮影された。酔いはすっかり醒めきっていた。
指紋は平面押捺(指の腹だけ)と回転押捺(指先を回転させて採取)、左右それぞれ4枚の台紙に採取された。すべてが7年前と同じだった。日本橋の中央署と違うことと言えば、採取作業の後、指を洗うのにここではなんとママレモンを使っていることだ。これはインクが実によく落ちた。指先はもう新鮮なお野菜そのままれもん。