よく写真を見ながら風景画を描く人がいるが、人間の肉眼が捉えた風景の広がりかたは、レンズに切り取られたいわゆる被写界のフレームよりも若干広くできているように思う。逆に言うと、肉眼で捉えた風景よりも、写真のそれはなんだか窮屈な感じがするのだ。だから私は常に戸外に出て、この目で風景を採取してきた。それに写真には被写界深度という極めてメカニカルな問題もある。そんな物理的な匙加減ひとつで切り取られた風景に、自分の眼の確かさを身売りしてまで絵筆を取りたいという気分にはどうしてもならないのだ…。
さて、この絵を描き始めたとき。夕やけだんだんは猫がいっぱいいるところだというが、私が座っている間は一匹もやってこなかった。そのかわり描き始めて少し経ったころ、ひとりの老人がやってきて、「出来上がったら売ってくれ」と言う。サンダル履きの手ぶら。きっとこのあたりにお住まいのひとなのだろう。「いつか個展を開くんで、ダメです」と返事すると、黙って去って行った。そうしたら出来上がりつつある頃、その老人はもう一度やってきて、また同じことを言った。こちらも同じ返事をせざるを得なかった。ここでスケッチする日曜画家には、通りすがりの挨拶代わりにいつも同じことを言うのかもしれない。しかし人さまから初めて「絵を買いたい」と言われてびっくりしないわけにはいかない。友人に「スケッチを売ってくれと言われた」と打ち明けると、「要するに自分の絵の自慢したいわけね」と笑われたことがあるが、全然そんなつもりではないのだ。いつか個展を開きたいというだけの理由で、行きずりの人さまのもったいない頼みごとにすんなり応えてあげられないジレンマをぼやいただけなのだ。「わかりました。個展が終わったらきっと贈呈しますから、連絡先を教えて」と返事するのも、なんだか人擦れした応対でいやらしいし…。
