今日は101回目の母の誕生日。「♪思えば遠くへ来たもんだ~」という歌があるが、そんな気分だ。クラシルに載っていた「牛スネの赤ワイン煮」を参考に、メルシャンの安ワインを720mlじゃぶじゃぶ注いだ牛スネナベを昨晩じっくりと火にかけたあと中断して就寝。今朝もまた食事のあと、煮詰まりつつあるコンロの番を続けている。今晩のご馳走だ。計3時間ほど、汁気が無くなるまで煮込めとか。はてさて、どんな出来になることか……。
コトコトいうナベの音を聴きながら、東京新聞に目を通していると、「暮らし」面にある「わが家の認知症ケア手帳」という連載コラムの「好きな曲歌えば驚きの効果」(2024年4月12日朝刊)という見出しが目に入った。このコラムは認知症の患者たちのさまざまな症例と、専門家たちによるその対策を紹介するものだが、それらは私の母よりはもう少し<若い>老人たちのケースばかりで、あまりわが家の在宅介護の参考にはならない。今朝もチラッと覗いて通り過ぎようとしたが、「好きな曲歌えば……」という見出しなので看過できなかった。こんな記事だ。
≪先日、嘱託医として勤務している老人ホームに行くと、「♪うさぎ追いしかの山~」と、入居の方々の歌声が聞こえてきました。懐かしい感情が私にも湧き上がり、しばらく聞いていました。以前に本欄で音楽を聴くことの効果を記しましたが、今回は歌うことの効果を紹介します。
(略)
米国ウェスタン・ミシガン大の研究では、好きな歌を歌う時には「オキシトシン」という幸せを感じるホルモンが増加し、ストレスホルモンである「ACTH」は減少すると報告されています。(略)(精神科医・渡辺俊之)≫
私の母も最近機嫌が良いときは、電動ベッドに腰かけてひとり手拍子を取りながら、つねに懐メロを歌っているのだ。「♪伊豆の山やまあ月青くう~」「♪山の淋しい湖にいひとり来たのも切ない心お~」「♪窓を開ければあ港が見えるう~」と、次から次と豊富な持ち歌披露の毎日が続く。近ごろは古賀政男メロディーが多くなった。イントロつきで始まり、「♪ちゃんちゃんちゃちゃちゃらちゃらちゃん~、幻の影を慕いて雨に陽にい~、ちゃんちゃんちゃちゃ~」と再び伴奏で終わる。それを壊れたレコードのように何度も繰り返す。訪問診療の先生の前でこれを披露に及んだときはその先生、「歌詞の中身からすると、きっと一昨年亡くなったご主人を偲んでいるんでしょうね」と解説(?)してくれた。
そういえば、私は60歳になって勤めをやめたあと短期間だが、埼玉県庁の依頼で県内で目覚ましい活躍をしているNPO法人を13団体ほど取材して回ったことがある。そのなかに「深谷シネマ」(深谷市)という組織があった。<映画で町づくり>をめざす人たちだ。その活動の始まりは町の公民館で映画「愛染かつら」を上映したボランティア活動がきっかけだったという。映画のあとで観客のおばあちゃんたちがひとしきり思い出話に花を咲かせて、やがて座がお開きになるときはみんなが一斉に主題歌「♪花も嵐も踏み越えてえ~」を大合唱して盛り上がったのだとか。老人は懐メロで見違えるほど元気を取り戻す! その様子に感銘を受けた町の有志たちがNPOを立ち上げたのだということらしい。
一昨年、102歳で亡くなった私の父親はむかし叩き大工をしていたのだが、若い頃は現場でカンナ掛けや釘打ちなどしながら、また晩年寝たきりになっても東海林太郎や小畑実などの懐メロをよく歌っていた。そんな父と母だが、どちらも懐メロの歌い方に共通するのは、歌詞を実によく覚えていることである。私も父母の時代の懐メロをよく憶えているが、それはむかしテレビで視た懐メロ番組のおかげだというにすぎない。とりわけ母は、往年の大ヒット曲でもないらしい聴いたこともないような曲の数々もときどき口ずさむのでびっくりする。それもよく聴いているとなかなかの名曲ばかりなのだ。現在の父母の記憶能力はとても認知症とは思えない。もちろん最近のことはすぐ忘れる。それは健忘症というべきだろう。そういえば、父は寝たきりになってからも、何十年もむかしの仕事仲間の電話番号をソラですらすら言えるほどよく憶えていることに驚いたことがある。
認知症の医学的定義はいろいろあるようだが、こと私の母に関する限りでは、<関係>の意識混濁とでもいうべき症状がひどいくらいで、わりと単純なほうだと思っている。その<関係>の意識混濁については母が自分自身でも気がつくことがあるらしく、そのときはそんな自らにうろたえて平静を失い、感情を抑えきれなくなるというだけの話しだ。こちらとしてはそれにつられて一緒に感情的になったりせず、せいぜいムキにならないように気をつけて在宅介護をつづけていくしかない。もっとも「母ちゃん、言っていることが変だ。いま頭がおかしくなっているよ」というと「頭がおかしいのはそっちだ!」と言い返されると、しばしば穏やかでいられなくなることはあるが……。
さて、かんじんの牛スネはやわらかくなっているかな。ひと口頬張ってみるか!